グラタン

その日、小腹が空いた僕は

近所のコンビニでグラタンを買った。

 

レジに立っていた店員さんは

初々しさを感じる男子高校生、

と言った様子で

まだアルバイト経験が浅いのか

緊張している様子が伝わる。

 

そんな店員さんは

グラタンのバーコードを読み取ると、

僕にこう尋ねて来た。

 

「グラタン、温めて欲しいですか?」

 

後にも先にも、コンビニのレジで

自分の願望について

尋ねられたのはこれが初めてだ。

 

僕が「温めて欲しいです」と答えると、

彼はグラタンをレンジにかけて

スイッチを入れた。

 

その時、

隣のレジに立っていた中年男性ー

恐らくこのコンビニの店長と思われる男性が

 

「温めて欲しいですか?じゃ無いだろう!

…お客さん、すいませんねぇ

失礼しましたねぇ」

 

そう言いながらグラタンを

レンジから取り出したー…その時である。

 

「アッあっーッ」

 

店長は言葉にならない声をあげた。

 

グラタンが熱過ぎたのだ。

 

レンジで過剰にグツグツ温められ、

容器がぐにゃり、と湾曲したグラタン。

 

「アッあっ熱ーッあっー!」

 

店長は顔を苦悶の表情に歪ませながら

手早くグラタンを袋に入れ、

僕に手渡した。

 

…家に帰って袋からグラタンを取り出すと、

まだホカホカと温かかった。

 

耳飾りの音

ずっと昔の恋人と

偶然、街で再会した

 

彼女は新しい髪型で

薬指には誰かと誓いを交わした指輪

耳には鈴がモチーフの小さな耳飾り

 

お互いの近況報告と

思い出話を交わした後に

 

「あの頃はありがとう

一緒に過ごした時間は僕の宝物だよ」

 

僕がそう言うと

彼女は優しく微笑んで

 

「うぅん…私も同じ、ありがとう」

 

そう言いながら

首を小さく左右に振った

 

彼女の動きに合わせて

耳飾りの音が左右に揺れる

 

…僕はこれからも時々は

彼女を思い出すと思う

 

最後に聴いたあの耳飾りの音は

とても優しい音だった

 

 

傘は楽器

「傘ってね

雨音を聴くための楽器だと思うの」


ずっと昔

雨降りの午後


2人で傘を差して歩く途中

何気なく彼女はそう言った


僕は彼女のそんな感性が好きだった


それからしばらくして

彼女と別れてからも

雨降りの日には時々

彼女の言葉が浮かんでは消える


あの時

2人で使っていた傘は

もう失くしてしまった


何処かに置き忘れたのか

何処かに仕舞ったままなのか

分からないけれど


…彼女と別れてから

僕はあまり傘を使わないで居た


それは特別

センチメンタルな理由からでは無くて


僕自身が元々

傘にそんなに拘りが無かったし

車で移動することが多いからだけれど

 

新しい傘を買おうと思う


彼女の言葉を思い出した記念に

新しい傘を


優しい雨音が聴こえる

新しい傘を


あなたの傘は

どんな雨音が聴こえるだろう


最後まで読んでくれてありがとう